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福興会議

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    2017.06.26
  • @miyamototo 今日はタイ・チェンマイにあるエイズ孤児たちの生活施設「バーンロムサイ」のみなさんと打ち合わせ。葉山・山形・チェンマイ・銀座をむすぶプロジェクトの方向性が決定。大学卒業後の4年間を首都バンコクで暮らしましたが、めぐりめぐってまたタイ… https://t.co/7Mu0RYI75E
    2017.06.26
  • @miyamototo 人工の森の宝石。 https://t.co/blm0vwLmWl
    2017.06.25
  • @miyamototo お湯を沸かすのもてんやわんやの小5。このあと無事、キュウリの浅漬けをお茶うけに、おいしい緑茶をいただきました。授業参観です。 https://t.co/TZeWcqF3gt
    2017.06.24
  • @miyamototo {メンバー募集}森岡督行さんと山形で月1定例の夜間研究会。テーマは「畏敬と工芸」。発足にあたり、7/8[土]に「畏敬と工芸」とはなんぞやという話を、森岡さんにしていただきます。僕も前座で少し。要予約→森岡督行の「畏敬と工芸」のはな… https://t.co/EbGr3J1eHR
    2017.06.23

福興会議

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東北芸術工科大学 宮本武典研究室

〒990-9530 山形県山形市上桜田3-4-5

3-4-5 Kami-Sakurada Yamagata

990-9530 Japan

Miyamoto lab.,Tohoku University of Art & Design

miyamoto@aga.tuad.ac.jp

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DESIGN:Takuya Hirano

福興会議

Workshop

報告:3.12 道をたずねる-震災から4年目をあるいて、つないで、かたりあう-

2015年3月11日、震災から4年が経過しました。3月12日に、宮城|福島県境沿岸部で実施したスタディトレイル『3.12 道をたずねる-震災から4年目をあるいて、つないで、かたりあう-』は、東北でアートやデザインを学ぶ30人の学生が、復興しつつある沿岸部の海沿いを歩き、風景の変化について考え、感じたことを語り合うという企画。手分けして歩いた距離は総計70㎞。①〜⑦の班にわかれて、福島県相馬市から宮城県亘理町をつなぎ、最後の宮城県山元町普門寺で合流しました。班ごとのルートは以下のとおりです。

①班<松川浦環境公園から駒ヶ嶺駅
②班<駒ヶ嶺駅から新地町図書館
③班<新地町図書館から坂本駅
④班<坂本駅から普門寺
⑤班<浜吉田駅から普門寺
⑥班<長徳治から浜吉田駅
⑦班<亘理町荒浜支所から長徳治

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『みちをたずねる』では、歩きながら自分たちが心に残ったことを写真に撮り、普門寺での勉強会で共有しました。今回の企画では、アプリ「Instagram」を使用して、画像や動画をあげています。検索ワードは「‪#‎あるつな0312‬」です。ぜひご覧ください。

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報告①:佐藤亨(福興会議2期生/建築・環境デザイン学科3年)
2011年3月11日14時26分。あの日から4年という月日が経ち、被災した地域は今どのように復旧復興しているのか、この時期になると自らの目で確認したいという気持ちが増してきます。また震災以来、東北でデザインを学んでいる私は、都内やその他の地域でデザインを学ぶことと、東北でデザインを学ぶことは大きく意味が変わるものだと時が経つにつれて感じることが多くなっています。
今回、3月11日の翌12日に宮城県亘理町から福島県相馬郡の間70kmを歩いてつなぎ、一人ひとりが、どのように感じ何を見たのかを語り合う場をつくりました。私たちの生活から少しずつ薄れてきている被災地が、もう一度、自分事として捉え山形へ戻ったあとも、この経験を活かせるのではないかと考えました。
歩いた地域は更地になっている場が多く、震災前の衛星画像を照らし合わせないと、ここに住宅街があったのか気づくことができませんでした。まちの風景として更地がなじんでいる事に驚き、津波はこの地域の生活すべてを流してしまったのだと、時の流れと津波の恐怖を改めて感じました。しかし、歩くことで少しずつ仕事や生活を取り戻していることも感じることもでき、イチゴ農家の方のお話や、散歩をしている方など地域の方と話し生の声を聴き、一歩ずつ前進している姿をみることができました。

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 普門寺の坂野住職のお話からは、見たものを通して「なぜ」と疑問を持ち想像すること、そして勇気を出してアクションを起こすことの大切さを語って頂きました。全体を通しての発見は、まちづくりに関して、それぞれ地域にはその地域の早さ、流れがあることでした。その中で変わり続けている地域の風景に地域の人が本当についてきているのか、まちづくりを立て直すにあたって重要なことは人であり、箱ではないことも知ることができました。今後、地域の人とのつながりなど、心の支援も行っていかなければいけないのではないかと今回の活動を通して感じることができました。

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報告②:伊藤ゆり(福興会議3期生/建築・環境デザイン学科2年)
私たちの班は新地町図書館から山元町坂本駅までのルートを歩きました。このルートは福島県側から県境を跨ぎ宮城県側へ北上するルートです。その道中で防潮堤の工事を見ることができました。この地域では7mの高さの防潮堤が建設される予定だそうです。真っ白なコンクリートの防潮堤は、茶色い砂地の上に映えて見えました。防潮堤の上に登ると、海を見ることができます。かつてはこの地域の生活に溶け込んでいた海の風景。今は7mの高さまで登らないとこの風景を見ることができません。

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今はまだ、何もなかった場所に今までなかったはずのものがあるという違和感があります。何十年後かには防潮堤がこの土地の風景として馴染んでいるのだろうか。そのとき、この町はどうなっているのだろうか。様々な思いを馳せ巡らせながら、歩みを進めていきました。
海岸線沿いの道脇には、所々に家の土台が残っていて、震災前は住宅地であったことが想像できました。建物は何も建っておらず、視界を遮ることなく荒廃した風景が広がっています。私たちは更地の中に1つだけぽつんと残された建物を見つけました。近づいていってみると、山元町立中浜小学校の跡であることが分かりました。4年前、90名の生徒がこの学校の屋根裏部屋に避難し命を救われました。遠くから見ると綺麗に見えた建物は、近づいて見ると窓サッシがひしゃげていたり、天井が落ちていたりと津波の被害の大きさを伺うことができます。この建物は震災遺構として保存されるそうです。
4年という月日は確実に人々を冷静にさせ、当時は見えていなかったものが見えるようにしてくれました。しかし、時が経てば経つほど見えなくなってきているものも多くあります。想像をすること、勇気を出して聞いてみること、知ろうとすること。今、それらをしなければ、これから新しく出来ていくものに何の疑問も持つこともなく生きていくことになるかもしれないのだと、私は10kmの道を通して感じました。この日震災から4年目の被災地を歩き、見て感じることができたものを、大切にしていこうと思います。

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参加した学生・教員の感想

東北芸術工科大学学生
浜辺を歩き、そこで散歩する人を見て、どんなに猛威をふるおうと、人々にとって大事な故郷であり、豊かな資源、恵みの元であり、変わらずある「風景」なんだと感じました。また、坂野住職の「人によってはその興味で傷つく人もいる。その反面伝えたい、話したいという人もいる、勇気を持ってたずねることが大切」という言葉が印象に残りました。

東北芸術工科大学学生
私は沿岸部のことをよく知らなかったことに気付きました。「震災」「被災」の経験も自分の半径何メートルかの出来事だけで止まっていた気がします。話を聞いたり、見たりするだけでなく、実際に津波のあった地域を歩き、臭いを嗅いだことで、その土地の今を立体的に知ることができました。

東北芸術工科大学学生
ルートによって感じが違うのは分かっていましたが、一方は「受け取る」に特化して、一方は「想像」することに特化していたのかなと思いました。私の歩いたルートは「想像」が多くて、被災地でなければ目にとまらないものを見つけて理由を考えることで4年目を確かめました。

金沢美術工芸大学学生
現状作業を行う方や、ボランティアガイドの方など「生の声」に出会うことができて良かった。被災地の様子を様々なメディアで伝えられているが、今回の企画のように自分の足で歩き、自分の目で見ることは大切だと感じた。

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東北芸術工科大学教員
亘理〜相馬|沿岸部70kmを手分けして歩きました。砂漠のように荒涼と見える風景も、よく眼をこらせば、歩いているそこは津波にえぐられた「津波湾」であったり、福島/宮城で防潮堤工事の進度や高さが異なっていたり、小高い丘の上に隠れ里のように仮設団地があったり。県境を越えていくつもの自治体をまたいで歩くことで、はじめて見えてきたことも、たくさんありました。遺される風景と、壊される風景。「選択と集中」の再生計画と、それによって見捨てられる存在。巨大な矛盾が共存する風景が、震災4年後の南宮城沿岸部でした。

山形大学学生
震災4年という年月が被災地の方々に「この経験を活かそう」という気持ちを芽生えさせていることが印象的だった。

東北芸術工科大学学生
今回この企画に参加して、自分がいかにテレビや新聞のメディアに頼っていたかに気が付くことができた。実際に現地で体験してみると、今まで知らなかったことがたくさん疑問と同時に出てきた。また、その疑問などに対して、どのように解決できるかを深く考えることができた。実際に暮らしている人たちの話を聞くとやはり、ここでしか聞けないことも数多くあったので、この企画では様々な視点から学ぶことができた。

東北芸術工科大学学生
今回は見ることを目的に来た。上手く言葉にできないことがあっても、とにかく見ようと思った。それは達成できたと思うし、体験したことを、時間をかけてもいいので消化し、次に動けるように考えていきたい。

東北芸術工科大学学生
何もない所を想像しながら歩く1日となりました。ここにこんな家が建っていたのかなあとか、ここの田んぼは誰が管理していたのかなあとか。しかし小学校がボロボロになってしまっている様子を見た時は、正直想像ができませんでした。ここに子供たちが元気に通っている姿が頭に思い浮かばなかったです。それでも小学校の裏の黄色いハンカチの木を見た時は、少し希望が見えたような気がしました。次にここへ来るときは、さら地を見て未来が想像できるようになりたいと思いました。

東北芸術工科大学学生
松川浦環境公園に生えていたヒマラヤ杉は、津波の被害に遭いながらも、管理人の「樹はくさってしまうけど、どうしても残したい」という強い気持ちからチェーンソーアートに生まれ変わらせていました。息を吹きかえらせるアイデアに、管理人の強い想いを感じるとともに、美大に通い、様々な素材に触れている学生として『もの』を大切に扱うこと、どのように使っていくかの基本を改めて感じました。

東北芸術工科大学学生 (福島県出身)
自分にとって馴染み深い地を、初対面の人と歩くと無性に懐かしい感覚にとらわれました。歩いていて何気なくしていた「ここは3.11前こういう状態だったのではないか?」という想像が興味をもつことの第一歩。自分が何か被災地のために動く時、まず自分でそこに興味を持って、切り取ることが必要だと思いました。2,3年目、4年目と年月は過ぎていきます。最初は精神的な問題は時間が解決してくれるだろうと思っていましたが、日に日にその問題の壁は高くなっているように感じます。なぜそうなってしまっているのか、今回歩いた地で見つけられたように思います。

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