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福興会議

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  • @miyamototo 次女(小3)の自由研究は富神山のキノコ。登山道には色とりどりのキノコがたくさん。でも、娘たちが一番盛り上がったのは小さな蝮でした。毒がなければ触りたい‥。富神山は綺麗なピラミッド型で、周辺に縄文遺跡が複数あります。 https://t.co/BFyvzIDDd8
    2017.08.14
  • @miyamototo とんがりビルの8月は、企画展が続きます。ジュエリー、木彫、陶器と、南東北の森や港に工房を構え、自立したものづくりに取り組む若手を紹介します。彼らのライフスタイルが伝わる場になればいいなと。… https://t.co/CcFDb9g5n0
    2017.08.14
  • @miyamototo 武蔵野美術大学を卒業してすぐの4年間、バンコクで美術教師をしていました。長期休暇のときはいつも、北タイの手仕事や史跡、市場をひとりでめぐる旅をしていました。妻と出会ったのもタイでした。これから多感になっていく娘たちに、あの風景を見せたい。小さくとも息の長いプロジェクトしたいなと。
    2017.08.12
  • @miyamototo 続)チェンマイの「hoshihana village」でアーティストインレジデンスをプロデュースします。ホームで暮らす子供らの自立支援が目的。今回の、とんがりビル展示会を皮切りに、12月チェンマイ滞在、2月銀座で報告展を開催。→… https://t.co/RPtLkMt0M3
    2017.08.12
  • @miyamototo タイ北部チェンマイにある孤児のためのホーム「バーンロムサイ」を支援するブランドbanromsaiのポップアップショップが、とんがりビルにやってきます。収益はホームの運営に充てられる展示会です。→「生きるをつくる、ものづくり」… https://t.co/JS4QjP27wT
    2017.08.11

福興会議

[お問い合わせ]

東北芸術工科大学 宮本武典研究室

〒990-9530 山形県山形市上桜田3-4-5

3-4-5 Kami-Sakurada Yamagata

990-9530 Japan

Miyamoto lab.,Tohoku University of Art & Design

miyamoto@aga.tuad.ac.jp

© Miyamoto Lab. All Rights Reserved

DESIGN:Takuya Hirano

福興会議

Radio

ゼンシンラジオ-こころ動かす、復興の声-(放送:2013年4月10日~2014年3月26日)

ゼンシンラジオは、東北芸術工科大学の福興会議が、東日本大震災の被災地で、未来に向かって“前進”する人の 「声」をお伝えする10分間です。2013年4月10日~2014年3月26日まで、山形市内のコミュニティFM(ラジオモンスター:FM76.2)にて、月2回/計24回の放送を実施。案内役を担当した学生による報告です。
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前進することは、未来と向き合うこと。

報告:大津悠美子(企画構想学科3年/福興会議1期生)

「地震直後、とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、あの夜のラジオ。」
2011年3月11日に起きた、東日本大震災。2011年3月12日に起きた、福島第一原子力発電所の爆発事故。3年前のあの日、想像を遥かに超える出来事に、日本中がざわめきました。悲しみと不安、憤り。一瞬にしてたくさんの感情を抱え、たくさんの情報が東北を飛び交いました。あのとき、ラジオから聴こえた声・音楽は今でも鮮明に、心に刻まれています。

東日本大震災からこれまで、福興会議は現地でのボランティア活動(瓦礫撤去や仮設住宅支援)を中心に現地に赴き、動いてきました。あの日から2年、2013年3月初旬。「被災地の声を、山形県へ届けたい。」思いの丈を企画書にしたため、ラジオ局(山形市内のコミュニティFM:ラジオモンスター)へと向かいました。震災を経て、復興に尽力する方々を見つめ、前進する姿を伝えていきたい。時間の経過とともに遠ざかる声を、近くに引き寄せたい。近くで寄り添い続けるための一歩を、わたしたちは新たに踏み出しました。
番組放送がスタートし、1年。月に2回/全24回の放送で25名の方々をご紹介させていただきました。現地のラジオ局スタッフ、カフェのオーナーや、職人。復興団体のリーダー、アートギャラリーのスタッフ。産業の垣根を越えて、前進する人たちの貴重なお話を取材させていただきました。あのとき、どんな時間が流れていたのか。あれから、どんな気持ちを心に抱いたのか。これから、どんな未来を想像しているのか。震災を経て変わったふるさとへの想いや気持ち。風景が変わっていく街並みから、見据える未来。ときに悩みながらも前を向き前進する方々の声に、何度も強く心を動かされました。10006926_267632820063875_505681870_n
その地で体感したことは、深く伝えるための大きな力となりました。継続していくにつれて、言葉や声に厚みが増し、五感を大切に取材に取り組むようになりました。何度も言葉を探し、模索しながら原稿と向き合ったこと。その人の熱意や雰囲気を伝えるため、何度も音源を聞き返し編集したこと。緊張と隣り合わせの中、その人・その地の想いを伝えるため、心を込めて放送に向き合ったこと。どれも私にとって「学び」となる時間でした。話を聞くことで、記録をつくること。話を伝えることで、記憶を残すこと。この循環が、どれほど未来の原動力につながるのか。自ら得た「気付き」が強い動機となり、また次へと動くきっかけになりました。
わたしはこの1年間の取材・放送を通し、大切にしたい場所、大切に想う人が増えました。そして、震災を経て積み重なった出会いから、「考えること」の真意を教わりました。前進することは、未来と向き合うこと。考える力が未来への想いを確かにしていく。このことを大切にこれからも「復興」への歩みを続け、寄り添っていけたら、と心から思います。1年間、放送をお聴きくださり、本当にありがとうございました。ふとしたときにまた、このブログで放送を読み聴き返し、これまでの”記録”を、”記憶”として刻んでいただけたら、嬉しい限りです。

 

わたしたちの未来にある故郷

報告:梅原もも子(美術科洋画コース2年/福興会議2期生)

休日に被災地へ赴き、お話を聞く。取材音源を編集し、原稿をつくりラジオ放送をする。今、ここで伝えなければならない“声”がありました。舞台となる被災地、その場所との距離が遠い人の近くにある震災。それぞれの土地で仕事や家族、大切なものを抱えながら前に進んできた人たちの言葉には、その距離を縮める力がありました。これまで紹介してきたのは25名の方の真実です。誰もが“今”の目撃者であり話す言葉を選びながら、歩んできた日々を言葉にします。わたしたちは取材中感触を確かめるように話し、募る想いが形になる瞬間を見てきました。逆に、どのように語っても追いつけない想いというものもありました。語る人自身が自らを整えるように“物語”を紡ぎ出し、そのどれもが今しか聞くことの出来ない“声”でした。

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どこで生まれ育ったのか、どんな風景に包まれてきたのか。その土地は今生きているのか。

“東北”という地名には中央の存在が透けて見えます。宮城県、仙台その沿岸、松島、多賀城、塩竈、南三陸、石巻、雄勝。福島、南相馬、浪江、猪苗代。わたしはそこで待つ人に会いに行くとき光が稲穂に満ちているのを見ました。宮沢賢治が書く詩のようにすきとおった風と桃色の朝日を見てきました。2011年に起きた震災から失われた風景は再生し、それ以前を忘れられています。福島はフクシマになりました。沿岸を繋ぐ道はまだ確かではありません。タイムマシンはありませんが誰をも歓迎する穏やかな故郷はわたしたちの未来のなかで育まれているのだと感じます。

 この1年間、終わらない災害に対して“備えることは伝えること”ラジオなら出来ることだと信じていました。文字でなく、絵でなく、遠く聞こえる声に耳をすまし、山形弁の中からひっそりと聞こえる違う土地の方言。届けたいのは音量の大きさではありませんでした。今この土地で考え、一歩一歩と前へ進む人たちと失いたくない風景に気付くことができました。たくさんの出会いの中で声を届けること、そのお手伝いが出来たのであれば幸いです。

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これまで取材にご協力くださった皆さま、心より感謝申し上げます。
そして放送に関してご快諾いただき、ご協力くださった、ラジオモンスターさま。
貴重な放送枠をいただき、誠にありがとうございました。
この場をお借りし、心から御礼お礼申し上げます。
1年間、温かいご声援、本当にありがとうございました。