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  • @miyamototo スガノサカエさんの、2人の息子さんが見にきてくださった。嬉しかった。#森岡書店 https://t.co/fPDwQvcO9w
    2017.11.19
  • @miyamototo 続)駅・滝・工場・石切場・高速道路などで実施した「OTO」展のための録音・撮影には、会議メンバー有志も同行。ビジュアルデザインは梅木駿佑君。フライヤーが今日あたりから置賜地域内の文化施設に配布されているかと。12/3〜米沢市立図書… https://t.co/MdJzSCgwBD
    2017.11.18
  • @miyamototo 置賜総合支庁の依頼で講師を務めた、文化活動やまちづくりに取り組む個人団体を対象にした、企画力向上ワークショップの成果展を開催。市民会議からでた「音+風景によって置賜のリアルを表現する」というアイデアを、写真家の根岸功さん、Cher… https://t.co/Q2m55l9Nfl
    2017.11.18
  • @miyamototo 銀座での「盆地文庫」展期間は、東京での打ち合わせ合宿でもあり。平成28年度五島記念文化賞美術新人賞の海外研修(インドネシアに1年間)を終え、帰国したばかり川村亘平斎さんと、次なるkabanou出版企画の打ち合わせ。絵本をつくります。 https://t.co/Z94ZDn4KjE
    2017.11.18
  • @miyamototo 素晴らしい人々と、素晴らしい夜。 昨晩、kanabouの「盆地文庫」展レセプションにお越しくださったみなさま、ありがとうございました。会期ははやいもので、明日・11/19(日)20:00までです。今日は森岡さんと宮本がお待ちしてお… https://t.co/5IQgyKgQ4i
    2017.11.18

福興会議

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福興会議

Radio

ゼンシンラジオ-こころ動かす、復興の声-(放送:2013年4月10日~2014年3月26日)

ゼンシンラジオは、東北芸術工科大学の福興会議が、東日本大震災の被災地で、未来に向かって“前進”する人の 「声」をお伝えする10分間です。2013年4月10日~2014年3月26日まで、山形市内のコミュニティFM(ラジオモンスター:FM76.2)にて、月2回/計24回の放送を実施。案内役を担当した学生による報告です。
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前進することは、未来と向き合うこと。

報告:大津悠美子(企画構想学科3年/福興会議1期生)

「地震直後、とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、あの夜のラジオ。」
2011年3月11日に起きた、東日本大震災。2011年3月12日に起きた、福島第一原子力発電所の爆発事故。3年前のあの日、想像を遥かに超える出来事に、日本中がざわめきました。悲しみと不安、憤り。一瞬にしてたくさんの感情を抱え、たくさんの情報が東北を飛び交いました。あのとき、ラジオから聴こえた声・音楽は今でも鮮明に、心に刻まれています。

東日本大震災からこれまで、福興会議は現地でのボランティア活動(瓦礫撤去や仮設住宅支援)を中心に現地に赴き、動いてきました。あの日から2年、2013年3月初旬。「被災地の声を、山形県へ届けたい。」思いの丈を企画書にしたため、ラジオ局(山形市内のコミュニティFM:ラジオモンスター)へと向かいました。震災を経て、復興に尽力する方々を見つめ、前進する姿を伝えていきたい。時間の経過とともに遠ざかる声を、近くに引き寄せたい。近くで寄り添い続けるための一歩を、わたしたちは新たに踏み出しました。
番組放送がスタートし、1年。月に2回/全24回の放送で25名の方々をご紹介させていただきました。現地のラジオ局スタッフ、カフェのオーナーや、職人。復興団体のリーダー、アートギャラリーのスタッフ。産業の垣根を越えて、前進する人たちの貴重なお話を取材させていただきました。あのとき、どんな時間が流れていたのか。あれから、どんな気持ちを心に抱いたのか。これから、どんな未来を想像しているのか。震災を経て変わったふるさとへの想いや気持ち。風景が変わっていく街並みから、見据える未来。ときに悩みながらも前を向き前進する方々の声に、何度も強く心を動かされました。10006926_267632820063875_505681870_n
その地で体感したことは、深く伝えるための大きな力となりました。継続していくにつれて、言葉や声に厚みが増し、五感を大切に取材に取り組むようになりました。何度も言葉を探し、模索しながら原稿と向き合ったこと。その人の熱意や雰囲気を伝えるため、何度も音源を聞き返し編集したこと。緊張と隣り合わせの中、その人・その地の想いを伝えるため、心を込めて放送に向き合ったこと。どれも私にとって「学び」となる時間でした。話を聞くことで、記録をつくること。話を伝えることで、記憶を残すこと。この循環が、どれほど未来の原動力につながるのか。自ら得た「気付き」が強い動機となり、また次へと動くきっかけになりました。
わたしはこの1年間の取材・放送を通し、大切にしたい場所、大切に想う人が増えました。そして、震災を経て積み重なった出会いから、「考えること」の真意を教わりました。前進することは、未来と向き合うこと。考える力が未来への想いを確かにしていく。このことを大切にこれからも「復興」への歩みを続け、寄り添っていけたら、と心から思います。1年間、放送をお聴きくださり、本当にありがとうございました。ふとしたときにまた、このブログで放送を読み聴き返し、これまでの”記録”を、”記憶”として刻んでいただけたら、嬉しい限りです。

 

わたしたちの未来にある故郷

報告:梅原もも子(美術科洋画コース2年/福興会議2期生)

休日に被災地へ赴き、お話を聞く。取材音源を編集し、原稿をつくりラジオ放送をする。今、ここで伝えなければならない“声”がありました。舞台となる被災地、その場所との距離が遠い人の近くにある震災。それぞれの土地で仕事や家族、大切なものを抱えながら前に進んできた人たちの言葉には、その距離を縮める力がありました。これまで紹介してきたのは25名の方の真実です。誰もが“今”の目撃者であり話す言葉を選びながら、歩んできた日々を言葉にします。わたしたちは取材中感触を確かめるように話し、募る想いが形になる瞬間を見てきました。逆に、どのように語っても追いつけない想いというものもありました。語る人自身が自らを整えるように“物語”を紡ぎ出し、そのどれもが今しか聞くことの出来ない“声”でした。

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どこで生まれ育ったのか、どんな風景に包まれてきたのか。その土地は今生きているのか。

“東北”という地名には中央の存在が透けて見えます。宮城県、仙台その沿岸、松島、多賀城、塩竈、南三陸、石巻、雄勝。福島、南相馬、浪江、猪苗代。わたしはそこで待つ人に会いに行くとき光が稲穂に満ちているのを見ました。宮沢賢治が書く詩のようにすきとおった風と桃色の朝日を見てきました。2011年に起きた震災から失われた風景は再生し、それ以前を忘れられています。福島はフクシマになりました。沿岸を繋ぐ道はまだ確かではありません。タイムマシンはありませんが誰をも歓迎する穏やかな故郷はわたしたちの未来のなかで育まれているのだと感じます。

 この1年間、終わらない災害に対して“備えることは伝えること”ラジオなら出来ることだと信じていました。文字でなく、絵でなく、遠く聞こえる声に耳をすまし、山形弁の中からひっそりと聞こえる違う土地の方言。届けたいのは音量の大きさではありませんでした。今この土地で考え、一歩一歩と前へ進む人たちと失いたくない風景に気付くことができました。たくさんの出会いの中で声を届けること、そのお手伝いが出来たのであれば幸いです。

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これまで取材にご協力くださった皆さま、心より感謝申し上げます。
そして放送に関してご快諾いただき、ご協力くださった、ラジオモンスターさま。
貴重な放送枠をいただき、誠にありがとうございました。
この場をお借りし、心から御礼お礼申し上げます。
1年間、温かいご声援、本当にありがとうございました。

Radio

ゼンシンラジオ24|佐藤芳幸さん・小澤建二さん(福島県南相馬市)

報告:目黒有貴子(福興会議2期生/グラフィック学科2年)
3月12日。あの日、福島で何が起こったのかを知るため、私たちは、事故現場から20km圏内にある福島県南相馬市にツアー企画で訪れました。地震・津波・原発事故の被害を受けた南相馬。そんな地域の第一次産業や教育の現場を、テレビの画面越しではない状態で見て、内側だけではなく外側の人も、福島の現段階の問題を意識してもらおうというバスツアー。そこでお会いした佐藤先生、小澤先生、お二人にお話をお聞きしました。震災前から南相馬で教師をしていた先生方の熱いお話は中でも、印象深いものとなりました。子ども達の現状や、「今、福島で被災しているという変化にどう対処し、どう子どもに教育をしていけばいいのか。」という現地で生きる大人としての悩み。これから社会に出て行く自分にとって、子供を支える意識というものが突き刺さる時間でした。
ツアーから1週間後、12日に南相馬へ訪れ、今年度卒業した学生3人の先輩にインタビューをさせていただきました。それぞれ3人の言葉からは、これから社会で歩んで行く中で、震災をどう捉えて行くのか、それは多種多様であり、人の数だけ想いはあることを思い出させます。様々な方面に進む先輩方の語り口は、しっかりと、未来の想いと繋がっていました。今回の福島での経験は、学生1人1人自分の糧として、吸収することとなりました。佐藤先生、小澤先生のような福島に住む人と、外側で生活をする人、それぞれの立場から考え、互いに乗り越える事によって、復興、という言葉を福島でも聞く事ができるのではないかと思います。


『ゼンシンラジオ―こころ動かす、復興の声―第24回』

放送テーマ:ともに寄り添う、未来へ。
放送日:2014年3月26日
取材:南相馬市立鹿島小学校 佐藤芳幸先生・相馬市立向陽中学校 小澤建二先生
案内役:大津悠美子、梅原もも子
放送曲:「緑の街」/小田和正
挿入曲:佐藤那美「ARAHAMA Callings」から「風切る道」と「see sea」

ゼンシンラジオ。
あなたのこころを動かす、復興の声。
ゼンシン ラジオ。
耳をすませば、こころは つながる。

地震直後、
とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、
あの夜の ラジオ。

東日本大震災から3年。
被災地の声は、
だんだん 聴こえにくくなっていませんか?

ゼンシンラジオは、
東北芸術工科大学の福興会議が、
未来に向かって“前進”する人の 「声」を
お伝えする10分間です。

ゼンシンラジオ、今夜、最後の放送回です。
2013年4月からはじまった、この復興ラジオ。これまで、23名の方々をご紹介してきました。
今回、ご紹介するのは、福島県南相馬市で学校の先生をしていらっしゃる、
南相馬市立鹿島小学校・佐藤芳幸先生と相馬市立向陽中学校・小澤建二先生です。

福島県南相馬市。
3年前の東日本大震災により、大地震・大津波。そして、放射能問題の三重苦を抱えました。
福島第一原子力発電所から、20~30キロ圏内に位置するここ南相馬市。
今月12日、私たちはスタディーツアーを企画。
仲間たちとともに、バスに乗車し、「福島の声」を訪ねに向かいました。

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3年前のあの日、この場所ではどんな時間が流れ、どんな状況だったのか。
あれから3年。
南相馬市の教育現場を訪ね、その地で、考え、ゼンシンする先生方の
これまで・これからのお話を伺いました。

>>クリックして再生【2:30】

深い悲しみ、憤り、そして大きな不安を抱えながらも、生徒・家族を守るため、必死だった毎日。
今は、震災の記憶を「学び」として生徒たちに受け取ってもらうため、
授業の一環で、教えて続けています。
続けて、ツアーに参加した学生から、感想、これからへの想いを伺いました。

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>>クリックして再生【3:25】

いかがでしたか?
先生方のお話を聞き、未来への考えを深め、福島、日本のこれからを見据える時間でした。
お二人の先生方が強く仰っていたこと。
それは、「自分たちの学びを、今しっかりと身に付けてください。」という背中を押す一言でした。

それぞれの学生は学び知る意味をしっかり受け止め、
自分たちができることを、もう一度、じっくりと考え始めています。

ともに寄り添う、未来へ。

震災を経て様々な人と出会い、守ることの強さを知りました。

ここ東北では変わらぬ信念を貫き、故郷の魅力を発信し続けている人がいます。
これまでの放送を通し、失いたくない東北に気付くことができました。

明日へ向けてのゼンシン、これからも大切にしていきたいです。

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『ゼンシンラジオーこころ動かす、復興の声』
放送局:山形コミュニティ放送局(ラジオモンスター)FM76.2
※お聴きになれるのは山形市と周辺の市町村です。
※ネット回線ならどこからでも聴けます→ サイマルラジオ
番組名:「エムキューブ」 放送時刻:水曜日18:40~(12分程度)
案内役:大津悠美子+梅原もも子+目黒有貴子

Radio

ゼンシンラジオ23|佐藤那美さん(宮城県仙台市荒浜)

報告:梅原もも子(福興会議2期生/美術科2年)
目の前には水平線、後ろには仙台都市。若林区で復興支援ボランティアを終えた一日の最後にはよく荒浜に寄りました。2011年の3月11日、海から大きな津波がやってきてこの一帯は家の基礎土台を残し沢山の物が流されました。今では津波によって運ばれた種によって草が生い茂り、農家は塩害と闘いながら育てられる野菜を根気強く作っています。
佐藤那美さんは宮城県仙台市の出身。今年解体が決まった荒浜小学校が母校でした。2013年の春に大学を卒業し学生最後の制作として作った10の曲をアルバム「ARAHAMACallings」としてまとめます。夕凪からはじまり家風へと続いていく曲たちは、誰かの追い風になりたかったという彼女の想いが強く伝わります。人の背中を押すのに必要な風は呼吸であり音楽でした。大きな音でなくても思いのこもった曲たちは語ります。震災があり、失った多くの事に向き合う時、ふるさとへの帰り道、前へと進む時。彼女の音楽は誰の心でも自由であり、日々を心強く肯定するのかもしれません。

挿入歌としてゼンシンラジオ第1回から、始まりと終わり私たちの言葉を支えてくれた曲たちと作曲者佐藤那美さんに心から感謝いたします。


『ゼンシンラジオ―こころ動かす、復興の声―第23回』

放送テーマ:東北で奏でる、心強い音楽
放送日:2014年3月12日
取材:佐藤那美さん
案内役:大津悠美子、梅原もも子
放送曲:「Reflection Eternal」Nujabes /Clammbon With Yamazaki, Mino & Yamane From Toe
挿入曲:佐藤那美「ARAHAMA Callings」から「風切る道」と「see sea」

ゼンシンラジオ。
あなたのこころを動かす、復興の声。
ゼンシン ラジオ。
耳をすませば、こころは つながる。

地震直後、
とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、
あの夜の ラジオ。

東日本大震災から3年。
被災地の声は、
だんだん 聴こえにくくなっていませんか?

ゼンシンラジオは、
東北芸術工科大学の福興会議が、
未来に向かって“前進”する人の 「声」を
お伝えする10分間です。

今晩ご紹介するのは、
ゼンシンラジオの挿入歌ARAHAMAcallingsの作曲をされた音楽家 佐藤那美さんです。
佐藤那美さんは東北芸術工科大学の映像学科を昨年、卒業されました。

 大学3年生にあがる春、山形で震災を経験した佐藤那美さん。
彼女の出身は宮城県仙台市若林区の荒浜。太平洋に面し、海風が漂う場所。
東日本大震災当日、高さ10mの津波が押し寄せ、大きな爪痕を残しました。
浜辺に並んでいた多くの防風林はなぎ倒され、
家・建物の基礎土台だけが一面に残っています。

震災後、「誰かのために作りたい」という想いから、
那美さんは大学の卒業制作として、アルバム「ARAHAMAcallings」を作ります。
“震災で何かを失った人の背中を押すための曲”として、ふるさと荒浜へと続く構成です。

震災から3年。
振り返ってみると、気付けば音楽を作っていたという佐藤那美さん。
これまで歩んできた道のり、彼女のゼンシンへの一歩。お聞きください。

>>クリックして再生【3:16】

次へと進むための曲。
10曲が収録されたアルバムは、ふるさと荒浜への想いが込められています。
宮城県松島湾にある「カフェロワン」で撮影された、ジョルジュルース・アートプロジェクトの
短編記録映画にも、那美さんの音楽は使われています。
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歌うように話し、進んでいく佐藤那美さんの“これから”について。
続けてお聞きください。

>>クリックして再生【1:31】

いかがでしたか?
震災以後、自分から音楽と向き合い、曲づくりに没頭した日々。
これまで受けた励ましや愛情、支援の数々。
それを今度は、誰かに「恩返し」していきたいと語る佐藤那美さんのゼンシン。

「音楽で東北を“かっこよく”していきたい。」
誰かの追い風になる日を願って、佐藤那美さんは
今日も、音楽を作り続けています。

東北で奏でる、心強い音楽。

今は仙台を中心に活動されている佐藤那美さん。
仙台市八木山動物園のアンドロイドアプリBGMや松島松華堂でのライブ。
震災から3年目の昨日、3月11日には母校の荒浜小学校で演奏を行っていました。

東北で愛される音楽が、これからも生まれていきそうですね。
わたしたちも、那美さんの音楽を聴き、今日もまた一歩、前へゼンシンしています。

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『ゼンシンラジオーこころ動かす、復興の声』
放送局:山形コミュニティ放送局(ラジオモンスター)FM76.2
※お聴きになれるのは山形市と周辺の市町村です。
※ネット回線ならどこからでも聴けます→ サイマルラジオ
番組名:「エムキューブ」 放送時刻:水曜日18:40~(12分程度)
今後の放送日:3/26
案内役:大津悠美子+梅原もも子+目黒有貴子

Radio

ゼンシンラジオ22|川村智美さん(宮城県石巻市)

報告:大津悠美子(福興会議1期生/企画構想学科3年)
「日々の記録を振り返ると、過去の自分に励まされるときがある。」
1月末、大学にて川村智美さんにインタビューさせていただきました。
川村さんは東北芸術工科大学(現:映像学科)の卒業生。宮城県石巻市ご出身の川村さんは震災後、わたしたち福興会議の旧ホームページにて自身のブログ「このあしもとにつづく」を連載いただきました。どこもかしこも混乱が続く震災直後。日本、東北では「復興」の言葉が多く飛び交っていました。心に溜まる悲しさやもどかしさ。誰もが抱えて日々を過ごしていた気がします。混沌とした日々の中、つづられる川村さんのブログ。まっすぐで深く伝わる言葉の数々に、わたしはそっと心が救われる心境でした。心の中にしまってあった感情が溢れだし、ふと、自分の今の気持ちに気付かされ、素直になれる瞬間が多々ありました。大切なご家族、大切なふるさとを想い綴られる川村さんの言葉。何度も何度もたいせつに読ませていただきました。
時間の経過とともに変わりゆく街の景色や震災への考え方。「どこに何があったか、あそこの場所はどうなったか。人は景色が変わると、忘れてしまう。」震災から月日が経ち、それぞれが歩み続けている今。その今を少しでも記録することがどれほど大切なことか、そのときの感情を綴ることで残されていくパーソナルな記憶がいかに大切なことか。川村さんはわたしたちに教えてくださいました。未来を想うからこそ、日々の感情を大切にしていきたいです。(写真)左:川村智美さん/右:大津悠美子

『ゼンシンラジオ―こころ動かす、復興の声―第22回』

放送テーマ:日々の記録を、未来をつくる記憶に。
放送日:2014年2月26日
取材:川村智美さん
案内役:大津悠美子、目黒有貴子
放送曲:「元気ですさよなら」 空気公団
挿入曲:佐藤那美「ARAHAMA Callings」から「風切る道」と「see sea」

ゼンシンラジオ。
あなたのこころを動かす、復興の声。
ゼンシン ラジオ。
耳をすませば、こころは つながる。

地震直後、
とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、
あの夜の ラジオ。

東日本大震災から2年と11ヶ月。
被災地の声は、
だんだん 聴こえにくくなっていませんか?

ゼンシンラジオは、
東北芸術工科大学の福興会議が、
未来に向かって“前進”する人の 「声」を
お伝えする10分間です。

ゼンシンラジオ22回目の今夜は、宮城県石巻市ご出身で、
東北芸術工科大学映像学科の卒業生、川村智美さんをご紹介します。
川村さんはわたしたちの先輩です。

2011年3月11日震災当日。かつてない自然災害が川村さんの故郷、
宮城県石巻市を襲い、街の景色を一変させました。

演劇関係のNPOで働いていた川村さんは、仙台市若林区にある劇場のスタッフルームで
立っていられないほどの、激しい揺れを体感。
すぐさまメールで、まわりの仲間の安否を確認しました。
そして不安で暗い夜が明け、故郷石巻に向かいました。

川村智美さんは、石巻を襲った大津波で大切なご家族たちを、亡くされました。
東日本大震災から、もうすぐ3年。石巻の景色は、どんどん変っていきます。
そして、忘れられていく記憶。
震災直後の様子から、今日までの日々を、川村さんにお話いただきました。

>>クリックして再生【2:35】

けっして埋めることができない、深く、大きな喪失を抱えながら、
川村智美さんは、揺れ動く心を、日記のように、つれづれとブログに綴りはじめます。
“家と家族にまつわる記憶の記録”を、率直な言葉と写真で記録していく、
川村智美さんのブログ「このあしもとにつづく」は、多く人々に読まれ、静かな反響を呼びます。
春の日、マキアート
(写真)ブログ「このあしもとにつづく」
2012年03月25日-「春の日、マキアート」より

引き続き、川村さんのお話をお聞きください。

>>クリックして再生【3:13】

いかがでしたか?
震災・家族・そして故郷石巻と向き合いながら、
「その後」の日々を、精一杯、歩んでいく、川村智美さんのゼンシン。
震災の風化とともに、変わっていく家族と自分。
でも、その時々に感じた言葉を残すことは、
きっと、未来の自分を動かすきっかけとなると、川村さんはいいます。

日々の記録を、未来をつくる記憶に。

震災から3年を迎える前に、私たちも、もう一度、川村智美さんのブログ、
「このあしもとにつづく」を、読み返してみませんか?
川村さんの私的な、「家族の記録」は、私たちに沢山の大切なことを、教えてくれるはずです。

そして、川村智美さんの個展が、
仙台市青葉区のギャラリー「ターンアラウンド」にて開催されます。
期間は2014年の4月1日から、4月20日まで。個展のタイトルは「春の日、マキアート」です。
みなさん、ぜひ、ギャラリーに足を運んで、川村さんの「これまでとこれから」の物語を、
ご覧いただければと思います。

川村先輩、私たちも必ず見にいきます。

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『ゼンシンラジオーこころ動かす、復興の声』
放送局:山形コミュニティ放送局(ラジオモンスター)FM76.2
※お聴きになれるのは山形市と周辺の市町村です。
※ネット回線ならどこからでも聴けます→ サイマルラジオ
番組名:「エムキューブ」 放送時刻:水曜日18:40~(12分程度)
今後の放送日:3/12、3/26
案内役:大津悠美子+梅原もも子+目黒有貴子

Radio

ゼンシンラジオ21|鈴木大介さん((株)鈴木酒造店/山形県長井市)

報告:小松大知(福興会議2期生/プロダクトデザイン学科2年)
福島県浪江町で江戸末期から地元を中心に長く愛され続けていた、酒蔵「鈴木酒造」。津波によって酒蔵も家も流され、避難を余儀なくされてしまい、酒造りを断念せざるを得ませんでした。その後、杜氏である鈴木大介さんのもとには地元浪江町の方々から「もう一度お酒を作って欲しい」という声が多く寄せられます。全てが流されたと思っていましたが、なんと試験用に酒蔵を離れていた「酵母菌」が見つかり、さらには酒造りが再会できる酒蔵を譲り受け、奇跡のような再起を遂げたのです。
「酒があり、それを飲む場がある。それだけでどれだけ頑張ろうと思えたか。お酒を通じて、浪江町の人に恩返しをしたい。」という鈴木さん。文化の発信や場づくりをしていきたいという情熱を全身に受け、インタビューの時に鳥肌が立ってしまいました。これからは浪江町だけでなく、新たな酒蔵のある長井市にも愛され続けるお酒でありたいと、長井市の米農家さん達との商品開発も進んでいるそうです。「酒造りが場づくりになる」という考え方を、私はこのとき初めて感じました。思えば、酒づくりというのは多くの人(酒蔵、米農家、販売店、買い手…)と豊な自然との良好な関係がなくては成立しません。これはどんなモノづくりにおいても言える事ではないでしょうか。地縁を大切にし、誰かのために精一杯自分にできることをする。モノづくりを学ぶ身として、とても貴重な事を学んだ気がしました。
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『ゼンシンラジオ―こころ動かす、復興の声―第21回』

放送テーマ:地縁から生まれる、集いの場。
放送日:2014年2月12日
取材:株式会社 鈴木酒造店 鈴木大介さん
案内役:小松大知、大津悠美子
放送曲:「ビューテフル・ネーム」 ゴダイゴ
挿入曲:佐藤那美「ARAHAMA Callings」から「風切る道」と「see sea」

ゼンシンラジオ。
あなたのこころを動かす、復興の声。
ゼンシン ラジオ。
耳をすませば、こころは つながる。

地震直後、
とても大切な情報源だったラジオ。

ロウソクの明かりを頼りに、
抱くようにして聴いていた、
あの夜の ラジオ。

東日本大震災から2年と11ヶ月。
被災地の声は、
だんだん 聴こえにくくなっていませんか?

ゼンシンラジオは、
東北芸術工科大学の福興会議が、
未来に向かって“前進”する人の 「声」を
お伝えする10分間です。

今夜は山形県長井市で酒造会社を営む、鈴木大介さんをご紹介します。
鈴木さんは、東日本大震災を転機に福島県浪江町から山形へ避難しました。

福島県浪江町は福島第一原子力発電所から20キロ圏内に位置しています。
鈴木さんの酒蔵は、原発から約6キロ地点。
日本で最も海に近い酒蔵で造られていたお酒「磐城壽」は、
地元のひとから長く愛されるお酒として知られていました。
そんな生産の地を襲った東日本大震災。
その場所で暮らす人、造られるものを一瞬で奪った自然の力は、その後の生活を大きく変えました。

震災当日、鈴木大介さんはその日も福島県浪江町の酒造でお酒造りの最中でした。
最終工程を終え、お祝いの直前。大きな揺れと津波を呼びかける声。
自らも被災しながら、消防団として避難誘導に力を注ぎました。
当時の浪江町の様子からお話頂きました。
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>>クリックして再生【2:33】

大地震・大津波・原発問題の三重苦を抱え、福島県浪江町から、避難せざるを得ない状態。
酒づくりの場が絶たれたそんなとき、地元浪江町の人たちから、
「もう一度お酒を造ってほしい」という声がよせられます。
鈴木大介さんは、地元を離れる不安を感じながらも、
避難先の山形県長井市で、酒造りを続けていく覚悟を固めました。

>>クリックして再生【3:09】

いかがでしたか?
江戸時代末から続くお酒「磐城壽」を、
新たな場所で再開させた福島県浪江町の杜氏・鈴木大介さんのゼンシン。
「磐城壽」は、山形県長井市でも知られるようになり、地域で親しまれるお酒になってきています。
福島の技と癖によって生み出される味。その味を、山形から伝え続けています。

地縁から生まれる、集いの場。

鈴木さんが作るお酒「磐城壽」は、お米のふくよかな味がします。
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ふるさと浪江の文化を発信しながら集いの場を生むお酒は、
季節をたどる味として、これからもみなさんに愛され続けるでしょう。

「磐城壽」は山形市平清水の正酒屋 六根浄でもお買い求めできます。
みなさんもぜひ、集いの場にて鈴木大介さんが造るお酒の味を味わってみてください。

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『ゼンシンラジオーこころ動かす、復興の声』
放送局:山形コミュニティ放送局(ラジオモンスター)FM76.2
※お聴きになれるのは山形市と周辺の市町村です。
※ネット回線ならどこからでも聴けます→ サイマルラジオ
番組名:「エムキューブ」 放送時刻:水曜日18:40~(12分程度)
今後の放送日:2/26、3/12、3/26
案内役:大津悠美子+梅原もも子+目黒有貴子