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福興会議

福興会議4期について

2015年05月05日

福興会議

  • @miyamototo まなびあテラスで開催中、spoken words projectによるローカル&オーダーメード「本の服のスタディ」。会期はあと2週間ですがブックカバーとブックトートは売約終了。残るはエプロン数着となりました。売れてくれると嬉しいし… https://t.co/opVJOOwDmO
    2017.06.26
  • @miyamototo 今日はタイ・チェンマイにあるエイズ孤児たちの生活施設「バーンロムサイ」のみなさんと打ち合わせ。葉山・山形・チェンマイ・銀座をむすぶプロジェクトの方向性が決定。大学卒業後の4年間を首都バンコクで暮らしましたが、めぐりめぐってまたタイ… https://t.co/7Mu0RYI75E
    2017.06.26
  • @miyamototo 人工の森の宝石。 https://t.co/blm0vwLmWl
    2017.06.25
  • @miyamototo お湯を沸かすのもてんやわんやの小5。このあと無事、キュウリの浅漬けをお茶うけに、おいしい緑茶をいただきました。授業参観です。 https://t.co/TZeWcqF3gt
    2017.06.24
  • @miyamototo {メンバー募集}森岡督行さんと山形で月1定例の夜間研究会。テーマは「畏敬と工芸」。発足にあたり、7/8[土]に「畏敬と工芸」とはなんぞやという話を、森岡さんにしていただきます。僕も前座で少し。要予約→森岡督行の「畏敬と工芸」のはな… https://t.co/EbGr3J1eHR
    2017.06.23

福興会議

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東北芸術工科大学 宮本武典研究室

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3-4-5 Kami-Sakurada Yamagata

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福興会議

Events

11/2 ふくしましま報告②

報告:菊地拓真(日本画コース2年/福興会議3期生)

今年のふくしましまではミロコマチコさんと坂本大三郎さんをお迎えしてアートのワークショップを行いました。私は山伏の坂本大三郎さんのワークショップのサポート担当で、木を彫刻刀で彫りそれぞれが考えた「カミさま・ホトケさま」をつくるというワークショップを行いました。午前中は準備のためスタッフが参考作品をつくっていると、子どもたちが近くに来て「なにしているの?」「はやくつくりたい‼」と言い、想像が膨らんでいるようでした。

ワークショップが始まると、すぐに木を彫り始める子もいれば、下書きを描いてじっくりつくる子もいました。彫刻刀を使い慣れていないということもあって、お母さんやお父さんと一緒につくる場面が多くみられ、家族がコミュニケーションを取りながら一つのものをつくる場になりました。またお父さんが、ほかの家族の子どもが彫る作業に苦戦していると手伝ってあげて、そこから家族同士が仲が良くなっているところがあり、このワークショップがコミュニケーションを生むきっかけになったと感じました。作業中は真剣な顔をしていた子どもたちも、カミさま・ホトケさまが出来上がると嬉しい気持ちが顔に溢れ、自分がつくったものを自慢したりほかのひとの作品をほめ合ったりしていました。

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今回の坂本大三郎さんのワークショップでは子どもたちひとりひとりがつくりたいものをつくるということではなく、福島と山形の子どもや親子、家族同士が協力してものをつくる場になったと感じました。この活動を継続して家族同士のコミュニケーションづくりのお手伝いになればと思いました。

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 またミロコマチコさんによるワークショップでは家族1枚のトナカイの型紙を元に自由に角を作ります。会わない間にずっと大きくなるこどもたちはペンを強く握り考え、色を選びます。出来上がった作品はどれも頑張りの結晶です。今年のクリスマス 参加されたご家族のおうちには立派な角をつけたトナカイがサンタさんと共にやってくるのでしょう。思い出と一緒に持ち帰ってもらえれば幸せです。

 

報告:高橋悠眞(工芸4年/福興会議1期生)

2011年の夏に始まった「福しま」シリーズも形を変えてゆっくりと今日まで続いてきました。2011年から3年半が経ち「福しま」には家族の分だけ物語があるように思えます。お母さんにおんぶされていた子は一人で歩けるようになり、兄弟が増えてお兄さんになった子もいます。 震災当初は復興のためのコミュニティー支援として始まりましたが、その向かうべき理想を私は上手く思い描くことができないままでいました。

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はじめの頃は山形と福島の家族がお互いに気遣い合い支えあっているように感じましたが、回を重ねるごとに家族同士の関係性が広がり、次第に集まることが楽しみになっていきました。自然な繋がりとゆるやかな時間、こども達の笑顔があたたかく感じるようになり「福しま」が安心できる場所となっていったのです。 3年間丁寧に続けることで、家族と一緒に「福しま」という大切な場所をつくりあげていったように思えます。

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この日は福興会議の学生も支援やボランティアという立場ではなくひとつの家族となり大きなまとまりを感じました。 現在では、こどもの成長と共に山形から福島へもどる家族も少しずつ増えてきています。一方で山形に残りたいという声もあります。いろいろな想いがありながらも変化に合わせて「福しま」という繋がりあえる場所を共有し続けることができたら素敵だと思います。今度は私たちが福島に行くのも良いかもしれません。

Events

11/2 ふくしましま報告①

報告:大津悠美子(企画構想学科4年/福興会議1期生)

福しましまフェス2014。今年も、温かい気持ちの溢れる1日となりました。

11/2(日)10:00、福島からのバスが会場に到着。「ひさしぶり〜元気だった?」「今日晴れてよかったね〜」何気ない会話と、子どもたちのはしゃぐ元気な声が、自然と会場を包みます。今年も会場となる山形県村山市農村文化保存伝承館には、たくさんのご家族とスタッフ、総勢150名がしましま(ボーダー柄)のドレスコードを着て、集いました。

2011年からはじまった、食とアートのピクニック「福しま」シリーズ。東日本大震災の影響により福島から山形へ自主避難された方々を対象に、交流の場づくりとして継続開催されています。4年目を迎える2014年。当日は、雨模様の天気予報でしたが…会場に着くと、澄み切った青空と色づいた紅葉が広がり、心地よい秋の空気が漂っていました。

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 午前は、食の時間。山形ガールズ農場さんの畑で、りんごと里芋収穫体験。農村文化伝承の家・そば匠さんに教わり、そば打ち体験。まずは、おいしいお昼の準備からはじまりました。こども芸大卒のお母さん方にもお手伝いいただき、収穫した里芋を使った山形の「芋煮」作り。手づくりパン NOUKAさんと、りんごを甘い「ジャム」に調理しました。NOUKAさんのコーヒーブースでは、焙煎したばかりの風味豊かなできたてコーヒーをみんなでおいしく味わいました。心配された雨雲も消え、朝から夕方までぽかぽかとした日差しが注ぎました。

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 午後は、アートの時間。絵本作家のミロコマチコさんといっしょに「トナカイの角」をつくるワークショップと、山伏でイラストレーターの坂本大三郎さんといっしょに「カミさま・ホトケさま」を彫るワークショップが行われました。それぞれの想いが込められた、こだわりある作品が、次々と会場に登場しました。

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 焚き火を囲んで食べる、テーブルを囲んでつくる。1つのものを家族みんなで「囲む」、ほかほかとした時間が流れる1日でした。囲んでいっしょに話す時間、いっしょに食べる時間、いっしょにつくる時間。開催を重ねるごとに、その時間と場所の大切さに、大きく気付かされます。

 

報告:半澤青空(テキスタイルコース1年/福興会議4期生)

食のワークショップでは、こども芸大のお母さん方と作る芋煮、そば匠によるそば打ち体験、山形ガールズ農場さんによるりんご狩りをして、いただいたりんごで作る焼きりんごと、お土産にする里芋掘り、手づくりパン屋NOUKAさんによるコーヒーとジャム作りをしました。芋煮づくりでは、こども芸大卒業生のお母さん方と、参加されたご家族のお母さん方の交流の場となり、中には涙ながらにネギを切ってくれたお子さんもいて、美味しい芋煮になりました。そば打ち体験で打ったそばは、皆さんのお昼ごはんとなり、太いそばや細いそば、様々な太さのそばを視覚と味覚で楽しみました。

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 里芋掘りは、伝承館のすぐ側にある畑に行き、たくさんの里芋を掘っていただき、参加者皆さんのお土産となりました。りんご狩りでは、バスで近くの農園に行き、りんごを収穫し、その場で美味しくいただきました。甘くて美味しいりんごは、中心部に蜜がたっぷりあるそうで、大きな口を開けて食べ、中心部が見えると「蜜がいっぱいだ!」とうれしい声が聞こえてきました。りんごは持ち帰り、焼きりんごを皆さんで作っていただきました。りんごを半分に切り、芯の部分をくり抜き、そこにバターと砂糖をたっぷり入れて焼きます。焼きあがったりんごは甘くて口の中でとろけるくらい、美味しく出来上がりました。


手づくりパン屋NOUKAさんは出張カフェをオープンし、参加者の皆さんで焙煎やドリップができるコーヒーワークショップをし、コーヒー好きな方には堪らない企画でした。焙煎することによって徐々に変わっていく豆の色がとても綺麗でした。NOUKAさんによるジャム作りはお母さん方が興味津々で見ており、「レシピ教わってきたから家で作ってみます」という声が続々と聞こえてきました。

10802080_352113331615823_1859328397249308501_n青空の下で家族仲良くお昼ご飯を食べている姿を見て、なんて幸せで美しい光景なのだろうと思いました。家族で美味しいご飯を囲んで、話をしながら食事をするという、何気ない光景ですが、その光景こそ、幸せを感じる瞬間なのでしょう。
 日々忙しく生活していると”たくさんの人と交流し、出会いを紡いでいくこと、家族との思い出を大切にしていくこと”を忘れがちですが、今回のふくしましまの食のワークッショップではその大切にすべき光景を思い出すことができました。

食を通じて出会いを紡いでかたちにしていくこと、家族との幸せを感じあう瞬間を、提供する側として参加できたことをとても嬉しく思います。

 

Events

山形ビエンナーレ わたしは鬼 について

報告:梅原もも子(福興会議2期生/洋画コース3年)

9月20日から10月19日までの一か月間山形ではじめての芸術祭が開催されていました。みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレさまざまなアーティストたちが作品を展示するなか福興会議の学生は旧西村写真館で行われた「わたしは鬼」のスタッフをしていました。この展示は詩人の和合亮一さんの“詩をまとう”という趣旨のもとファッションブランドのspokenwordsprojectデザイナーの飛田正浩さんがつくった洋服を来場者に着てもらうというものでした。和合さんはTEDxtohokuにて、飛田さんは2回にわたってキッズアートキャンプにて。お二人とも作品を通して山形と福島と東京をつなげてくださった人たちです。今回はお二人のコラボ、シルクスクリーンで刷られた洋服たちはどれも和合さん言葉を背負い覚悟を決めた表情をしていました。IMG_4028

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そして来場された方々には肌のすぐうえにその詩をまとってもらい自分の中に棲む鬼を表現してもらいます。「あなたは何の鬼ですか?」この質問の答えは無限です。凶暴な部分、弱くてもろいところ、愛すべき側面 どうしようもなく自分としか言えない“鬼”と向き合う瞬間に多く出会いました。必死に言葉になった鬼を伝えたとき、伝えられた時には喜びがありました。飛田さんは服+詩=人だと仰います。話すことで互いに歩み寄れる、そんな空間が写真館にはありました。すこしスッキリした顔で帰っていく人々をわたしは愛おしく思っていました。

旅立つ鬼旅立つ鬼

恥ずかしがり屋の鬼  恥かしがり屋の鬼

眠りの鬼、欲の鬼眠りの鬼、欲の鬼

夕暮れの鬼夕暮れの鬼

晩ごはんの鬼 晩ごはんの鬼

 また最終日には朗読会が行われました。TEDとキッズアートキャンプが行われたこども芸術劇場。前田エマさんによる朗読と和合さん率いる鬼岩朗読団の大地のうねる声。「一人ひとりが 優しい 鬼となりて生き抜くのだ 我らは鬼だ」「野火を 野火を求めよ その先にお前だけの夜明けがある 明けない夜は ない 」きっと多くの方に強烈な印象を与えた事でしょう。

ビエンナーレには遠方からいらっしゃる方が多くいました。目当ては違うものの遠くから時間をかけて山形に来てくれたことがとても嬉しかったです。わたしたち学生スタッフは普段は復興支援ボランティアをしています。直接のガレキ拾いではありませんがこのビエンナーレは人と人をつなぐ場だと感じました。震災後、人の集う場所をつくる動きはとても多く見られました。互いの傷の深さを知るには対話の生まれる場所が必要です。そして私たちがお渡しできるものは芸術とお祭りのような上機嫌さでした。この芸術祭はとても手作りで、その温かさがどの会場にもあったのだと思います。人と人が出会い通じ合ったとき、県の境もなく心はほぐされていくように感じました。この芸術祭が2年後もまた秋の山形で誰かの心を癒してくれるのが楽しみです。

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報告:高橋麻里子(福興会議3期生)

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ 福興会議では、主に旧西村写真館で来場者の方をお迎えしました。ファッションブランドのspoken words projectと詩人の和合良一さんのコラボレート作品「わたしは鬼」。言葉のかいてあるお洋服をまとい、自分の中に潜む鬼と向き合う。期間中、たくさんの「鬼」が生まれる瞬間を見てきました。

時間の鬼時間の鬼

肯定の鬼肯定の鬼

考える鬼考える鬼

写真館に足を踏み入れたとき、わあ!と、純粋に、お洋服が可愛い。すごく素敵な空間ですね。と言う方。詩を読んで、涙を流す方。この言葉を着たい!と、お洋服を手に取る方。そして、「あなたは何の鬼ですか?」という問いを投げかけた時、じっくりじっくり自分のことを考えて、口にする「鬼」は、乱暴で怖いというイメージの鬼ではなく、優しさや寂しさ、力強さに溢れたものでした。アーティストの方がつくりあげた空間で、その展示を完成させたのは、言葉をまとい、自分に潜む「鬼」と向き合った方々だったのではないかと感じています。また、この1ヶ月間は、20年前に閉じてしまった写真館が蘇った、美しい時間でもありました。

学生スタッフとしてこの空間に関わることができたことを嬉しく思います。ありがとうございました。

Events

いまだからできること。ここにいるからできること。

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東北芸術工科大学の学生主体の復興ボランティア団体「福興会議」は、2014年度の新規メンバー募集のため、福興会議の“これまで”と“これから”を紹介する、説明会を実施いたします 
福興会議は、東日本大震災発生直後の2011年3月14日から活動を開始しました。地震直後は、山形大学の学生らと共に、日帰りボランティアバス「スマイルエンジン」を定期運行し、石巻市などで瓦礫の撤去などをおこないました。 その後は、福島から自主避難されているご家族の交流イベントや、復興リーダーの声を届ける「ゼンシンラジオ」放送などをおこなってきました。
2014年度も、宮城県沿岸部での復興のお手伝いや、福島県南相馬市のご家族を対象とした夏のアート林間学校「キッズアートキャンプ山形」、福島と山形をつなぐ食とアートのピクニック「ふくしましま」などのサポートをおこないます。
復興ボランティアや、社会貢献のアートプロジェクトに興味のある方は、ぜひお越し下さい。

“いまだからできること。ここにいるからできること。”
3.11復興支援ボランティア新規参加者募集
『福興会議 活動説明会』
日時:5月20日[火]18:50〜19:50
会場:東北芸術工科大学 本館201講義室
※17:10〜18:30 同会場でおこなわれる「芸術文化論(芸術平和学)」で福興会議メンバーの髙橋悠眞(工芸4年)と大津悠美子(企画構想4年)が、震災後におこなってきた学生ボランティアについて紹介します。興味のある方はあわせて聴講ください。

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Events

報告:インタビュー南相馬3.12「参加者の声」

2014年3月12日に行ったスタディツアー「インタビュー南相馬3.12」の参加者アンケートを転載します。3年前から今日まで、福島県相馬地方でおこったきたことを知るため、東北芸術工科大学の学生・卒業生他、山形大学、法政大学、武蔵野美術大学からの参加者43名がバスで相馬漁港、小高区、原町区、鹿島区をめぐりました。

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・ゴーストタウンというものを初めて見たような気がする。実際にバスを降りて外を歩いても体感として何も感じるものが無いのにも関わらず、放射線の量を聞くと不安になるという原発問題に対する漠然とした恐れが自分にもあるのだと感じた。(歴史遺産学科4年)

・空気線量が高く、「昼は家に戻れるが夜泊まることは出来ない。」という現実が未だに重い十字架になっていると思いました。放射線の問題で瓦礫撤去が遅れているお話にもやるせない思いがしました。でも、前の生活では出会えなかった人達と会えるというお話に救われる思いがしました。(映像学科2年)

・福島を訪れてとてもうれしかったことは、現地の人が「どうにかしよう」と動いている事でした。やはり福島は現在、少しマイナスなイメージが先行しやすいですが、私は現地に実際に足を踏み入れ現地の明るい地元の方の話を聞けたこと、それこそが今回のツアーでの一番の収穫でした。お話の中で特に印象が残ったのが「行政を待つのではなく自ら動いてください。そうすれば誰かが手伝ってくれるから」といった一言でした。これからどういった社会になるかわかりませんが、きちんと自分の目で見たものを大切に、自らの行動に変換していきたいと思いました。(美術科4年)

・小高区に入る前まで、人のいる街並だったのが、小高に入るとガレキが少し片付けているだけで、いわゆる“復興されている”とは言い難い。3年前で時間がとまったような状況に愕然としました。やはり自分の日常とは違う世界である、というのが正直な感想で、すぐに被災地が今どういう情況なのか、なにが起きているのかを理解することが出来なかったのですが、これで震災3年後かと思うと、本当に考えさせられました。(美術科4年)

・仮設住宅にお住まいの泉勝明さんは、明るい調子で飼っていた牛との別れの話をして下さいましたが、本当は家族を置いて行くような厳しい状況、心境のなかでの決断だったと思います。(武蔵野美術大3年)

・「何を生きがいに住み続けるのか」という言葉に地域と仕事、住む人、いろいろなものが関係し合ってその場所に住んでいるのだと改めて感じました。その事に自分が何ができるかと考えると難しいですが、泉さんの言葉を忘れず考え、勉強を続けていきたいです。(美術科4年)

・牛に最後のメシを食わせ合掌した話を泉さんから聞いたとき、目に見えるほど心の痛々さが伝わってきた。海は思っていたよりきれいで静かでした。バスの中から見えた平地はすでにきれいになっていてメディアとのギャップは広がり津波の真実が遠のいていくようだった。(映像学科2年)

・福島の現状のお話をうかがい、その光景を目にして、自分がメディアから得た情報のあいまいさを痛感しました。自分が「知っている」と思っていることが、本当は「知らなかった」のだということに気づくことができました。(グラフィックデザイン学科2年)

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・賠償や避難先での良い待遇があっても、何か生きがいがあって移動なさっていったことが、私としては新たな学びになりました。私は支援する側なのでどうしてもテレビを通して、お金、快適さの提供を考えてしまいます。でも、それが十分に必要である以上に〝生きがい″というものを考えることも大切だと気付かされました。(美術科1年)

・津波の現場を見たのは初めてではないが、ここに亡骸があったという話を聞くと現場の悲惨さを改めて感じた。相馬へ戻ってこない避難した人と、戻ってこようとする人々の垣根のようなものは、なかなか外部の人間が意見出来るところではないなと思った。(歴史遺産学科4年)

・「震災は変化する」という西道典さんの言葉が印象的でした。いつまでも同じ問題が続いていくわけではないということ、それは驚きでした。その時々に決断を下さなければならない、立場の違いによっても決断は異なること。今後私にもその時が来たとき「大人の責任」の重みを感じるのだろうと思います。私にできるだろうか、とても不安を抱きますがそのためにも、今後私は多方面からの知識を蓄えてなくてはならないと改めて思いました。「放射能」という見えなく感じないものと、少しでも向き合いたいと思います。そして、少しずつ周りの人にも伝えていけるほどになりたいと思います。(美術科4年)

・避難の判断が生死を分ける。「待ち」ではいけない、前を向いて一歩踏み出す。自分の中に「危ない」と思う感度を上げていかなければと思いました。(映像学科2年)

・真野小学校の黒板に残されていた津波のラインを見た一瞬、リアルな巨大な水の壁というものを感じました。あれから3年がたち、生徒たちの表情は笑顔になっていましたが、あの瞬間の出来事を乗り越えるにはまだまだ時間が必要なのかもしれないです。(グラフィックデザイン学科2年)

・地域に実際に住んでいるから見える事を山形から来た私たちに話してくれる事の大切さを感じました。テレビを見ているだけでは分からない現状(南相馬の良いところも、大変な状況のところも)をお話しいただき、実際にそれらを見て、感じたことを忘れず、自分のできる所で活かして行きたいと思います。(美術科4年)

・PTA、自治会などいろいろな視点で鹿島・原町、そして福島のことを見ていらっしゃる西道典さんの姿は、広い目で見て大きな心で学ぶことの重要性を教えてくださいました。東京に居るだけでもだめ、福島に来て同情するだけでもだめなんだと言う事を思いました。私が一人の人間として行き来し、伝えるまでできないとしても、何か行動したいです。それをこれから考えたい。(武蔵野美術大3年)

・理屈家では何も始まらないし、何も解決しないという西さんの言葉にハッとさせられました。(プロダクトデザイン学科2年)

・こども・親・地域一帯が西さんのお話には必ず誰かが存在しました。こどもたちや親の感情の変化。地域の雰囲気。常に「震災」と間近に向き合ってきた西さんの真剣なまなざしに、何度も心が動きました。また、南相馬に行きたいです。(企画構想学科3年)

・実際に行った避難場所とその近くの海の高さを見比べた時、ゾッとしました。(美術科2年)

・メディアを通じて現場を見ることはあっても、実際に見た時に体感したものは、今まで考え思っていたものは、自分の中で作られたイメージにすぎないものだとわかった。今までよりも具体的に感じることのできるイメージになった。(映像学科2年)

・「南相馬市に来てくれてありがとう」という言葉に私自身はかなり救われました。福島でも東北でもない人間が、どう震災に関わればよいのか、不安があったのですが、実際に見て聞いて考える、それだけでも(微々たるものですが)力になれるのかもしれないと感じることが出来ました。(美術科4年)

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・震災が起きて、抱えきれないような不安や悲しみを福島の子ども達は経験していたと言う事を改めて感じました。また、それを乗り越えて明るく前向きに生活している子ども達に感動してしまった自分がいました。(美術科1年)

・「福島に住みたいですか」という小澤建二先生の質問にどきっとしました。被災地に対して何か行動を起こしたい、けれど心のどこかで福島に恐怖を感じている。そんな心のギャップに胸が苦しくなりました。きっと多くの人の心に存在するであろうこの気持ちを、自分からも皆からも解消する為に何ができるのかをこれから深く考えようと思います。(グラフィックデザイン学科2年)

・小澤先生が「ちーちゃんの影送り」の話を持ち出したとき、約70年前の原爆みたいに、この3.11とFUKUSHIMAという出来事は100年後には怖がられて、それ以外にはどう思われるのかふと考えた。(美術科1年)

・「元気だな」という表だけでなく、裏の痛みを知る、ということが心に残りました。今回数人の方のお話を聞いて、前向きで、面白くて優しい方々だなと思っていたけど、私たちはその裏にある苦痛を、推し量るのを忘れてはいけないと思いました。(美術科1年)

・大人の言葉は必要だけど、それ以上に子どもの言葉というものは心に打つし、強い力が込められていると感じました。だからこそ誠実に敏感に受け止め、周りの大人と共有したいです。(法政大2年)

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・小澤先生が紹介してくださった、中学校の生徒さんの作文を聴いて涙がこぼれました。私より7歳以上年の離れている子が、こんなにも悲惨な体験をし、そして前を向いて生きていこうという気持ちに感銘を受けました。また、先生がお子さんを連れて避難した話や、現在、家族離れて暮らしている話を聞いて、私も大熊町出身なので、自分の体験と重なる所がたくさんありました。私自身、原発事故で被災した体験は、思い出したくないという気持ちや、話しても分かってくれないだろうという思いから2年半誰にも話していません。しかし、小澤先生の話している姿、南相馬の現状を伝えようとしている気持を感じ、私もこれからは自分が被災した体験を伝えていく事で、福島県人の苦悩を理解してもらうことが大切なのだと思いました。(歴史遺産学科4年)

・「福島県にぜひ住みたいと思えた時に、本当の復興になる」というお言葉は、とても心に突き刺ったと同時に納得させられました。小澤先生や佐藤先生の存在を知れた事で、自分の中の南相馬に住む人のイメージが変わった気がします。(ブロダクとデザイン学科2年)

・ただ生活するだけなら福島に住もうとは思わないけれど、もし自分が福島出身なら人生を捧げてでも復興したいと思う。そのギャップは日本と福島、子どもと大人の間にあると思った。(映像学科2年)

・「被災は変化していく」という小澤先生のお話が印象的でした。昨日震災3年目を迎えて、いまだに3年前の情報でストップした報道がある気がしましたが、現場の人は常に変化する状況に直面して変わっていると分かりました。とくに子どもは強いという話で、震災が破壊ばかりでなく、自分たちが置かれた立場を認識して、ひとり一人の役目を考え、行動に移せるようになっている、というのは福島の将来を、こういう子どもたちがつくっていくんだろうな、という希望にもなると思いました。(大学院2年)

・中学生の作文、心打たれ胸に込み上げてくるものがありました。震災後の中学生のリアルな言葉・声。初めて聞いた気がしました。鮮明な記憶に、添えられた前向きな言葉。きっとふんばって書いたのだと思いました。先生として震災時の感情を吐き出させる。そしてとことん聞く。どんな場面でも生きてくる力だと感じました。(企画構想学科3年)

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・相馬漁港の方々の話で、先が見えない(いつ震災前のように漁ができるかわからない)という言葉(苦悩)がずっしりと心の中に残っています。「試験操業の為に午後から船を出す」という言葉を聞いて、相馬漁港を復活させる為に「あきらめない気持ち」がとても伝わってきました。そして、後を継いでくれる若い漁師さんも多少ですが出てきたということを聞いて「希望」も見え、とても嬉しくなりました。私の地元も放射線量が高く戻れる見通しは全く立っていませんが、漁港の方の話を聞いて、私もあきらめないで、できることからやっていくことで、「希望」も見えてくるのではないかと感じました。(歴史遺産学科4年)

・漁協組合の阿部さんの「どんげ頑張っているのかわからない」という言葉が強く印象に残った。現地の人の正直な気持ちだと思った。(美術科3年)

・それぞれの仕事、環境、家庭、立場の違いで考え方も様々、近い地域内でも状況は様々だと改めて感じた。自分自身で知り、感じ、考えることが大事。いつ戻れるかわからない、戻れないかもしれないけれど“伝え続け備える”という姿勢は自身の暮らしにおきかえて実行していきたいと思う。(卒業生)

・お会いした皆さんが、難しい現状ながらも前向きに進んでいることです。ただそれを良かったとだけ受け止められるほど簡単な状況でもないと改めて気が引き締まりました。「勉強して今できる事をやって下さい」という佐藤芳幸先生の言葉を胸に、できる事を考え、動いて行きたい。(美術科4年)

・福島に住んでいる人たちの声を聞けたことが本当に良かった。今回のスタディツアーでは、見れないもの、感じられないものに触れられたように思う。また自分の故郷が津波の被災地であるため、客観的に見れなかった「被災地」の輪郭が見えてきたように思う。(卒業生)

・漁師さんのお話で、自分の漁船をまもりに行って、家にもどったときに、自分の家や家族がいなくなってしまっていたという話はとてもショックでした。被災当時にもそのような話は聞いたことがあったのですが、今日実際にきいたことは大きいです。(グラフィックデザイン学科1年)

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・どれも印象深かったのですが、小高区の泉勝明さんがおっしゃっていた「この原発や被災も、教科書の年表とかで、東日本大震災と原発事故があった、という一行で書かれてしまうんだろうな」という言葉が印象的だった。それに対して、おばあちゃんの語りや絵まきに残るものが伝えられる情報にもやはり意味があるような気がした。そのためにも「なんとなくわかった」じゃない確かな学びが大切だと思った。(大学院2年)

・全員(説明してくださった方)が言っていたことなのですが「自分のできることをして欲しい。学んで欲しい」という言葉と、最後に佐藤芳幸先生がおっしゃった「復興は福幸」という言葉。自分にできることがかぎられているからこそ、人と人との助け合いが大切で、そこから“幸”に変わるのではと思いました。(美術科2年)

・小学校の先生や生徒がどんな封に「震災」と向き合い、これからを過ごしてきたのか、とても気になりました。放射線教育が理科の授業で取り入れられていて、原稿用紙に作文を書いて思いを吐き出す授業。どれも正面と向き合って行くには難しかったり怖かったり。容易な事ではないと強く思います。けれど、南相馬で暮らすひとたちはその問題に正面から向き合い、戦ってきました。未来の日本のために前進していました。その姿に心からの尊敬と偉大さを感じました。わたしも「自分事」として少しでも一緒に考えていきたいと実感しました。(企画構想学科3年)

・(漁協でのお話を聞いて)検査していても、まず知ってもらいたいという気持ちでチラシを渡しても受け取ってもらえないということもある。「オレ達が何をやった?」というどうすることもできないジレンマを語っておられたのが印象的でした。耳をふさいで知ることを止めてしまうのは本当にやってはいけないことだと思います。(卒業生)

・小学校では福島県産の食べ物を給食に使わないことによる安全性の確保が必要となるが、それが風評被害を 助長することにも繋がっているという。考えなければならないですが、答えを出す事が難しい問題だと感じました。(洋画2年)

・メディアを通して見ていると、どうしても現実味がなくて、昔話の様に思えてしまっていたのですが、実際 自分の目で見る事で改めて本当に起きたことで、闘い続けている方がいるということを目の当たりにし他人事で過ごしていてはいけないと感じました。(日本画1年)

・私はあまり人との付き合いが得意ではなく、あがり症なためこの企画に一人で参加することに内心では不安を感じていました。ですが被災地の風景を自らの目に焼き付けたいという思いから勇気を出して参加を決意しました。この企画で得た体験は、貴重なものになったと思っています。(グラフィックデザイン学科2年)

・「守る」という視点。技術を絶やさず残す、伝える人。歴史として震災を語る人。家族を守る人。何や誰かを守る人というのは強いです。何が必要か見極め、大切な事だけを明日にもっていく。お話しいただいた全ての人に見習うべきは守る力でした。(美術科2年)

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来年の3/12も、南相馬を訪れたいと思います。
アンケートにご協力くださった参加者のみなさま、ありがとうございました。
また、3/12当日に、私たちに南相馬の現状について語ってくださった高平大輔さん、今野聡さん、阿部庄一さん、太田雄彦さん、泉勝明さん、西道典さん、佐藤芳幸先生、小澤建二先生に、心より御礼申し上げます。
(福興会議一同)